任期制自衛官 なぜ辞めるのか?~「退職する理由」~「就職先と収入」

任期制自衛官のその後

(2024年7月8日更新)

自衛隊には「任期制自衛官」という採用区分が存在します。
徴兵制度がない日本において、若い戦力を継続的に確保するためにはなくてはならない自衛隊の制度です。

任期制自衛官である彼らは、「任期制」という言葉のとおり、一定の期間が経過したならば、継続昇任退職の3つのうち、いずれかを選択する事になります。

今回の記事は、そんな任期制自衛官の「退職」に焦点を当てていきます。

この記事はこんな方に向けて書かれています
  • 自衛隊への入隊を考えている方
  • 現在任期制自衛官で退職を検討中の方
いっけん

わたしも4年間、任期制自衛官として陸上自衛隊に所属していました。わたしの経験もふまえてお伝えします。(陸自がメインの話しとなります)

任期制自衛官とは

整列する自衛官

任期制自衛官とは、入隊後は「自衛官候補生」として各教育隊で3ヶ月の教育を受けたのち、陸上自衛官は2年、海上、航空自衛官は3年を1任期(2任期目以降は2年)として勤務する自衛官のことです。

試験で採用されたのち、3ヶ月間自衛官としての基本的な教育を受けます。教育後は陸、海、空ごとにそれぞれ「2等陸士」「2等海士」「2等空士」の階級が与えられ、全国の基地、駐屯地に配属されます。

そして1任期目の終了時、そのまま任期を継続するか、もしくは任期満了で「自衛官新卒」として民間企業に就職するか、はたまた2任期目以降に「昇任試験」を受けるかを選択することができます。

任期満了で退職する割合

任期制自衛官が任期満了で退職する割合の統計はありませんが、私の経験上、陸上自衛隊の任期制隊員が任期満了で退職する割合は6~7割です。

また、そのうち2/3程度は2任期満了で退職します。

この数字、かなり多いと感じたのではないでしょうか?ではなぜこんなに多くの任期制自衛官が退職するのでしょうか?

任期制自衛官が退職する理由

退職願い
Japanese letter of resignation

私の主観ではありますが、退職理由は大きく分けて以下の4つがあります。

任期制自衛官が退職する理由
  • 制度自体が退職しやすい構造になっている
  • 昇任試験と合格後の教育がネック
  • 集団生活や勤務形態に不満を持ち退職する
  • 高収入を目指し、スキルアップのため退職する

ひとつずつ解説します。

制度自体が退職しやすい構造になっている

任期制自衛官はあくまでも「任期制」なので、昇任試験を受け合格しない限りは、退職が前提の制度設計になっています。

具体的な例として、任期制自衛官特有の制度「特例退職手当」があります。これは任期満了ごとにもらえる退職金で、2年~4年勤務するだけで高額な退職金が支給されます。

「特例退職手当」の金額は以下の表の通りです。

陸上自衛隊海上・航空自衛隊
1任期約63万円(2年)約103万円(3年)
2任期約157万円(2年)約162万円(2年)
累計約220万円(4年)約265万円(5年)
特例退職手当(令和6年度)

ここでポイントとなるのが3任期目以降です。防衛省が公表していないため3任期目の正確な特例退職手当の金額は不明ですが、おおよそ60万円前後です。また、4任期目以降は極端に減額されます。

さらに3任期目以降は一定の成績以上でないと継続できないほか、4任期目になると号俸が頭打ちするため給与も上がりません

よって、昇任を希望しない隊員は、自然と2任期満了で退職していくことになります。

昇任試験と合格後の教育がネック

ここでは自衛隊特有のネックを説明します。

昇任試験

任期制自衛官が「曹」の階級へ昇級するためには「陸(海、空)曹候補生試験」(以下陸曹候補生試験)という昇任試験に合格しなくてはなりません。しかしこの「陸曹候補生試験」の試験内容が少しハードなのです。

試験は学科、体力測定、口述試験、分隊教練が主となりますが、それぞれに相当の対策が必要になります。

日ごろの勉強や体力錬成はもちろん、分隊教練では10名程度の人員を指揮する訓練のため、練習では先輩や後輩を巻き込んで幾度となくくり返し演練を行う必要があります。

しかも、合格するためにはかなりの練習量を必要とし、部隊によっては休日も利用して練習を行います。もちろんこの練習には先輩、後輩が付き合います。

陸曹候補生試験」を受けるためには、こういった一連の苦行を乗り越える必要があるため、受験すらしない隊員が多くいます。

合格後の教育

陸上自衛隊の場合、陸曹候補生試験に合格すると、「曹」としての素質や技能を養うために「陸曹教育隊」に入校します。

陸曹教育隊は前期3ヶ月、後期3ヶ月の6ヶ月間実施されます。しかしこの教育、職種にもよりますが、普通科や特科などの「戦闘職種」は特に厳しく教育されます。

自衛隊に入隊後6か月間行われる「新隊員教育隊」でみっちり教育を受けた隊員の中には、この教育をまた受けることを嫌がり、任期満了で退職することを希望する隊員もいます。

集団生活や勤務形態に不満を持ち退職する

自衛隊では教育中だけでなく、部隊配属後も独身者は基地や駐屯地で集団生活を送ることになります。居室も4~10人程度の人数がおり、先輩達と同室になります。上下関係があるなかでの集団生活にストレスを感じる人もいるでしょう。

また、課業外(仕事の時間外)でも点呼や掃除があるのはもちろん、休日でも基地や駐屯地から出られない「残留」や、災害時にすぐ出発する「初動派遣」、火災に備えての「消防班」など、さまざまな勤務や当番に当たります。

これらは休日や課業外関係なく当たるため、不満をかかえている隊員は少なくありません。

ただ、意外かもしれませんが訓練が厳しくて退職を選ぶ隊員は少数派です。理由は、入隊前から訓練が厳しい事はわかっているからだと思います。しかも、耐えられないほどの訓練は自衛隊生活の中でも数えられる程度です。常に厳しい訳ではありません。

それと比べて、毎日の掃除や共同生活の不便さ、残留の不満などは実際に経験してみないとわからないものです。テレビで見る自衛隊とのギャップを感じて、退職にいたる傾向が高いように感じます。

高収入を目指し、スキルアップのため退職する

任期制自衛官の初任給手取りは12~14万円ほどです。一部のメディアでは自衛官は高給だと報道されますが、決して「高く」はありません。なぜこれほど低いかと言うと、自衛官は食事や光熱費も給料の一部とみなされるからです。(現物支給)

しかし、営内(駐屯地内の住居)にいる限りは「1日3食」「家賃」「光熱費」は払わなくていいため、安月給といいきるには疑問が残ります。

ただ、実家暮らしで働いている同年代と比べると見劣りするため、高収入を目指す若者は早い段階で任期満了退職を決断します。

退職後の歩み

ヘルメットを被る男性

再就職は各駐屯地の援護センター経由で探すことがほとんどです。

自衛隊では年に2回ほど「合同企業説明会」が実施され、多くの企業が参加します。サービス業や運輸業の企業も参加していますが、防衛関係(大手重工業系)なども参加しています。

任期制自衛官は若い方が多いので、比較的容易に再就職先が決まります。就職先としてはサービス業、運輸業、製造業が多くなっています。(下図参考)

30年度再就職支援実績
出典:令和元年防衛白書

転職後の収入

私自身や、退職した知人の元自衛官に転職後の給料の増減を確認したところ、9名中、7名が「再就職先の給料の方が高い」と答えてくれました。ただ家賃などを自分で支払っている人は「自由に使えるお金は減ったと」答えた人もいました。ちなみに海上自衛隊で航海手当を受給していた人は、再就職後の給料の方が低くなる傾向があるようです。

元自衛官が民間企業で働くメリット

民間企業で働くメリットの1つに、「副業ができる」という点があります。民間企業でも副業が禁止されていたり、許可制だったりする場合がありますが、勝手に副業をおこなっても公務員のよに「罪」にはなりません。

また、元自衛官を採用している企業は「予備自衛官制度」や「即応予備自衛官制度」に寛大な企業が多いため、予備自衛官として副収入を得ることができます。

そして、自衛隊には存在しない「残業手当」が民間企業ではもらえるため、自衛隊を退職した方は残業をして給料が増えることに新鮮身を感じるでしょう。

予備自衛官等制度
出典:陸上自衛隊予備自衛官等制度

まとめ

ヘリボーン部隊

今回は任期制自衛官の退職にフォーカスして記事を書きました。

収入面では業種や企業にもよりますが、残業手当がつかない自衛隊よりも、手当が豊富な民間企業の方が収入が高い傾向があるようです。ただ、自衛官も2曹以上であれば手当が増える(役職手当等)ので、長年勤めた場合は大差がないかもしれません。

自衛隊のデメリットが多い記事となりましたが、自衛官は生活が安定しており、営内であれば生活費がほとんどかかりません。結婚後も自衛隊の官舎に格安(月5000円程度)で居住できるメリットもあります。

若い方で自衛隊に興味があり入隊を悩んでいる方は、退職金がある任期制自衛官制度を活用しチャレンジしてみるのも有りではないでしょうか。